がきの使い


 これは僕が幼稚園から小学校低学年の頃のお話.僕の幼少時代.その頃の僕は近くのパン屋さんに,食パンと牛乳を買いに行くのが日課でした.おかんにお金を渡されよく行かされたもんです.店につくと,おっちゃんに向かって,「7枚切りの食パン1斤と牛乳1本下さいっ」と呪文のように覚えたせりふを吐き出しました.牛乳の入っている冷蔵庫はレジから離れたところにあったので,おっちゃんはいつも僕に「ほな1本取ってきて」といいました.そこで,僕はおかんから言われたとおり,冷蔵庫の一番奥にある牛乳を引っ張り出そうと懸命にもがくのでした.何故なら牛乳は古いものから前においてあるので,一番新しいのは一番奥にあると言われていたからです.毎回冷蔵庫を引っ掻き回して一番奥からとろうとするので,すっかり店のおっちゃんにも覚えられて,「今日も一番奥から取りや.」と笑いながら言われたもんです.今でもその癖は抜けません.買う時に牛乳の日付を見る癖はしっかり身についています.

 そんなある日,いつものように食パンと牛乳を買いにその店に行きました.いつものように冷蔵庫を引っ掻き回してレジのところへ持って行きお金を払おうとすると,なんとポケットに入っていたはずのお金がないではありませんか.しかたがないので,おっちゃんに「お金なくなった」と言うと,おっちゃんは「ほなあとでええよ.」と言ってくれたので,僕は食パンと牛乳を手に家に帰りました.ところがそのときの僕はなにを勘違いしたのか,もうお金はいいよといわれたと思ったのです.だから持って帰ってきたものをおかんに渡し,おかんには何も言わずそのままにしていました.おかんはそんなこと知るよしもなく,後日その店に買い物に行った時におっちゃんからそのことを聞かされ,非常に恐縮したようです.ま,いつもなら僕はどつかれるとこやったのですが,そのときのおかんはなぜか怒りませんでした.その代わりすぐに,その店にお使いに出されました.僕はいやでいやでしかたがなかった.いやいや店に行って,おっちゃんの顔を見ると,おっちゃんが笑ってました.僕は気まずいのと,気恥ずかしいのとでろくに目をあわせることもなく,謝ることもできないで,買い物が終わるとすたこらと帰ってきてしまいました.

 今思えば,それはおかんなりの教育やったのかもしれない.何か失敗したときはとかく逃げたくなるもの.避けたくなるもの.失敗は仕方がない.誰でもする事.でもそれから逃げる事,それを避ける事は絶対にしてはいけないと.

 あの時無理やり行かされなければ,僕はあの店にずっと行けなかったかもしれない.ずっと気まずい思いを抱きながらあの店の前をそそくさと通りすぎていたかもしれない.でも,あの時無理やり行かされたおかげで,僕はそれ以降あの店で普通に買い物をする事ができた.おっちゃんともしゃべれる事ができた.

 そんな教育をしてくれた親に感謝です.僕も自分の子供にそんな教育ができる,そんな愛情の注ぎ方ができる親になりたい.なんと大きな愛情の中で僕は育ったのでしょう.ま,今の僕を見る限りその教育が功を奏しているかは分かりませんが・・・

 ほんと,あのときのことは鮮明に覚えています.なんでやろうな.年をとったせいか昔のことをよく覚えている気がする.とうのおかんはとっくにそんなことを忘れているでしょうがね.

  



This page is created by Junro, 2000.